不安を与える世間たち!
【謎以外に なにが愛せようか】
形而上画家である
ジョルジュ・デ・キリコらしい言葉です(^_^.)
イタリア人です。
8歳で画家を志してアテネの高等美術学校に通い、17歳のときに父親が亡くなったことからギリシャを離れ、ミラノ、フィレンツェ、ミュンヘンなどで暮らします。
やがて哲学者ニーチェの、人間は負の感情によって突き動かされるというような考え方に傾倒し、
それが後に形而上絵画という独特の作風を生み出す上で大きく影響しているのではないかと考えられています。
絵画での形而上とは、単に “形の無いもの” ではなく、風景や静物といった目に見える
…けれどどこかアンバランスな常識的世界を描くことで、裏に潜んでいる、謎や神秘、不安や憂鬱
といった形の無いものを表現するという作風です。
デ・キリコが突然形而上絵画を描くようになったのは1910年、彼が22歳のときですが、
発表した当時は世間から受け入れられませんでした。
1920年代になると、社会全体に古典回帰的な風潮があり、彼も古典絵画に倣った作風になり、
更にネオバロック風の作風へと変化していきます。
そして1940年代を過ぎた頃から、20代の頃に描いた形而上絵画の作品への評価が高まったことから、
自分の作品の模写をし始め、1960年代以降、彼が70歳を越えてから再び形而上絵画の新たな作品を描きはじめるのです。
ある意味、画家という目に見える作品を使って表現する人は、とても解りやすいと思ったのですが、
誰もが「自分のことをわかってくれる人はいない!」という葛藤と戦う時期があるように思います。
そしてそんな孤独が辛くて、自分の方が “世間” に合わせようとするのですが、そんなことをしていてもキリがないのです。“世間” こそが形而上のものなのですから…
そうやって世間に合わせることに疲れて、自分らしくあろうと思ったときには、今度は “自分” がわからなくなっていて、だから自分らしさを持っていた “過去の自分” を探すのですが、そこにあった
“若さ” がないことに気づくのです。
そうして、やっと一つの考えにたどり着きます。
“いまの自分” で生きるしかないのだと…
そうして “いまの自分” で描きはじめた画家は、“世間” に言われます。
「20代の頃の作品たちが、デ・キリコの絶頂期だった」と。