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dramaticlife-japan’s blog

ドラマティック・ライフは、「自己啓発セミナー」×「レイキ」の教えを融合させたオリジナルセミナーを定期的に開催しています。

運命的な 出逢い vol.1

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【私の夢を実現してくれる車は

      どこを探しても見つからなかった。

       だから自分でつくることにした。】

 

 

1972年の今日2月17日はフォルクスワーゲン・タイプ1

通称ビートルと呼ばれたの車が、累計生産台数の

世界記録を塗り替えた日だそうです。

 

そして冒頭の言葉は、その設計を手掛けた

フェルディナント・ポルシェの言葉です。

 

私は子どもの頃、車の窓からこのビートルが横を通り過ぎていく姿を見るのが大好きでした。

一般的にはビートル … つまりカブトムシと呼ばれていましたが、幼い頃の私にはカラフルなカタツムリが走っているようで、無性に愛おしく感じたことをよく覚えています。

 

なので、「きっと可愛い車だから売れたのだろう…」

そんな風に単純に考えていたのですが、実はこの車が売れた背景には、かのヒトラーが 当時はまだ

高価だった自動車を国民全員が所有できるようにする! という、国民の支持を集めるための

政策を打ち出したことが大きく関わっていたんだそうです。

 

 

フォルクスワーゲンヒトラー

この出合いが偶然だったのか、必然だったのかはわかりません。けれど出来事にしても、

人生にしても、“出逢い” というものが、大きな意味を持つことは確かだと思うのです。

 

 

そして、今日私がお伝えしたいのは、初めての「ドラマティック・セミナー」に参加してくださった

岩崎順子さんと、その大切なご友人、河村晴代さんとの出逢いについてです。

 

 

順子さんは、昨年12月に「あなた自身がパワースポットになる方法」という本を出版され、

今月はじめに出版パーティーを行われました。

 

そしてその席で、2作目の本 「はるちゃんからの伝言(仮)」 を出版することを発表されました。

この重大発表を、順子さんは晴代さんと2人でされるはずだったのですが、晴代さんはパーティーの

1週間前に帰らぬ人となってしまったのです。

 

 

お二人の出逢いは5年前、順子さんのレイキの施術を、晴代さんが受けに来られのが

きっかけだったそうです。

 

「常識」という固定観念にガチガチに縛れていた晴代さんは、ストレスが多くて持病の子宮筋腫

状態が悪化してしまうような会社を辞めたいと思いながらも、

「辞めてからやりたいことが見つからない…」 ということを理由に辞めずに過ごしていて、

そうこうしているうちに、卵巣癌になってしまったのです。

 

癌になったことで、すぐに会社を辞め、癌の手術を受られたのですが、術後も腹水が溜まり、

すぐに転移が確認されました。

 

それまで以上に順子さんのレイキの施術に通われるようになった晴代さんは、

 「レイキに出逢って、これまでレイキをやってきて本当に良かった。

私はレイキをやってなければ、何も気づかないでもっと早く癌になって死んでいただろう…。

私は癌にでもならないと、会社を辞めることが出来なかった。

それだけ先生(順子さん)が言う固定観念、思い込みが強かったんや…」

こんな風に言いながら、癌になったことを穏やかに受け止められていたそうです。

  
お二人はいつしかレイキ以外にも、ゴルフに行ったり、断食合宿に行ったり、出雲大社に行ったりと
多くの楽しい時間を一緒に過ごされて、そのせいか晴代さんの体調はお医者様から 
「身体の中で何が起こっているのか分からない」 と言われるほど、
普通では考えられないくらいに、良い状態が続いていたそうです。

 

「治るのとちゃうか?」 お二人は心の中でそんな期待を抱きながら、2015年が終わりました。 

 
…ところが、病状は驚くほど急速に悪化したのです。
 
年が明けてはじめて連絡をしたときには、晴代さんは一人では歩けなくなっていて、
すぐに入院という状況になっていました。
 
お見舞いに行った順子さんと二人きりになった途端、
「多分3月位までかなぁと思ってる。これまでの私の人生は何やったんやろう…」
いつも穏やかだった晴代さんがそう言って大粒の涙をボロボロと流さていて、その時とっさに
 
「本を作ろう!」
一緒に泣いていた順子さんは、そう言っていたのだそうです。
 
というのも以前晴代さんが、「私も本を残せたらいいなぁ」 と夢を語るように話されていたので、
出版するという目標を作ることで生きる欲が出て、「まだ死ねない」 と思えば奇跡が起きる!!
 …そう感じたから。。。
 
 
もしかしたら誰でも、そう口にすることは出来たかもしれません。けれど、そこから先の行動は
なかなか伴わないことが多いと思うのです。
ですが順子さんは本当に以前から有言実行の人で、すぐに出版社を手配し、そのとき既に書くことが
困難だった晴代さんのためにライターさんを東京から呼んで、3日間のインタビューを行いました。
 
そして、その一週間後に晴代さんは息を引き取られたのです。
昨年の12月1日に52歳の誕生日を順子さんと一緒にお祝いされてから、2ヶ月も経たないうちに…
 
これが、順子さんと晴代さんの、運命的な出逢いの話です。
 
あなた自身がパワースポットになる方法 自然界の高波動=レイキでエネルギーをチャージする

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